畑岡宏光のネットラボ

エルトゥールル号の話

エルトゥールル号遭難③

こんにちは。畑岡です。

今、僕は海外からこのメッセージを
あなたに向けて書いています。

撮影を終えて、ホテルに戻り、
明日に備えて早めに休もうと思いましたが

「どうしても伝えておきたい・・・」

という気持ちが収まらず、
またMacBookをたちあげました。

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遂に、マスターマップの稼ぎの核心へと。

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僕が海外からどうしても
伝えたかった話とは・・・

僕自身、12年間ずっと大切にしてきた

「まずは与えよ」

というメッセージです。

予めお伝えしておきますが、、、

今日の話はノウハウでも、
稼ぎ方でもありません。

ただ、人間として豊かに生きるために

「一番大切なものが詰まった」

メッセージだと思っています。

そして、僕が

「何故このマスターマップに
 全てを注いでいるのか?」

その意味を知ってほしい。

23時47分、ホテルの部屋で
あなたのコメントを読みながら
思わず文字を綴りました。

ゆっくり、ゆっくりと、1文字ずつ。

今日は1回だけでいいので
最後までお読みください。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

和歌山県の南端に
「大島」という島があります。

この島には、日本で一番古い
石造りの灯台があります。

明治23年9月16日。

強烈な台風が和歌山県を襲いました。

午後9時頃、
大島の沖合いで大きな爆発音。

灯台守が嫌な予感を抱いた、
その時。

台風で舵の効かなくなった木造軍艦が
灯台に向けて押し流されてきました。

全長76メートルもの大型船です。

船は、板切れが流されるように
風と波でどんどん近づいてきました。

やがて大型船は
海岸の岩場に打ち付けられて、
真っ二つに裂けました。

乗組員は、海に放り出され
波にさらわれました。

真っ暗で荒れ狂う海に、
どうすることもできなかったそうです。

そしてその後、一人の水兵が
岩場に打ち上げられました。

かすかな意識の中で水兵は
灯台の明かりを見つけ、

「あそこにいけば助かる!」

と藁にもすがる思いで
40メートルもある崖をよじ登り、
ようやく灯台にたどり着きました。

激しい波に衣服はもぎ取られ
水兵は裸同然の姿だったそうです。

全身が真っ黒に腫れあがり、傷だらけ。

地元和歌山の灯台守は
その水兵を見つけましたが、
外国人で言葉が通じません。

そこで「バンコク信号書」を見せて交信し
最終的にはトルコ人であることがわかりました。

(注:バンコク信号書
 海上において船舶間での通信に利用される世界共通の旗のこと)

また、船はトルコ海軍の
軍艦であることもわかりました。

和歌山の灯台守は応急手当をし、
他の水兵の救助のために
村人を呼びに戻りました。

電灯もない真っ暗な夜道を、
人一人がやっと通れる道を、
ひたすら走りました。

村人たちと灯台に戻ってくると
10人ほどのトルコ人がいました。

全員傷だらけです。

この村は50軒くらいしかない
貧しい村だったそうです。

しかし、村人は文字通り“総出”で
崖を降り救助をしました。

トルコという遠い国からやってきて
見知らぬ日本で死んでゆく水兵を見て、
村の男たちは泣いたそうです。

「一人でも多く救ってあげたい!」

「死ぬな、元気を出せ!」

そして助かったのは69名。

この船こそ「エルトゥールル号」です。

救助された人は寺と小学校に収容されましたが、
村には電気、水道、ガス、電話などはありません。

井戸もなく
水は雨水を貯めて使っていました。

サツマイモとみかんを栽培していました。

これを対岸の町、串本で
お米と交換して生活する貧しい村でした。

各家庭がニワトリを“非常食”として
飼っていたような村に、ある日突然、
69名もの外国人が収容されたのです。

「生まれて初めて見る外国人を
 どうしても助けたい」

そんな村人の思いとは裏腹に、
台風で漁もできなくなり、
食料はすぐに底をつきました。

「もう食べさせてあげるものがない」

「どうしよう」

その時。

一人の婦人が言いました。

「ニワトリが残っている!」

「でも、これを食べてしまったら何もなくなる・・・」

「大丈夫、お天とう様が見守ってくださる。 」

村人は、最後に残ったニワトリを
料理して水兵たちに与えました。

こうして、生き残ったトルコ水兵たちは
一命を取り留めたそうです。

この遭難の報は和歌山県知事に伝えられ、
そして明治天皇にまで言上されました。

明治天皇は直ちに
医者、看護婦の派遣を指示。

さらには礼を尽くし、
生存者全員を

軍艦「比叡」「金剛」に乗せて
トルコに送還なされました。

日本全国から弔慰金が寄せられ
トルコの遭難者家族に届けられました。

この話には後日談があります。

その事件から100年近く経った
1985年3月17日の出来事です。

湾岸戦争でサダム・フセインが

「48時間後にイラン上空を飛ぶ
 すべての飛行機を打ち落とす」

という命令を下します。

イランにいる日本人は
あわててテヘラン空港に向かいました。

しかし、すべて満席で乗れない・・・。

日本政府の対応も遅く、
テヘラン空港はパニック状態です。

その時。

2機のトルコ航空機が到着し
日本人215名全員を乗せて
成田に向けて飛び立ちました。

タイムリミット1時間15分前。

なぜトルコ航空機が来てくれたのか?

日本政府もマスコミも理解できませんでした。

しかし。

前駐日トルコ大使である
ネジアティ・ウトカン氏の言葉で
すべてが1本の線となり、つながります。

「エルトゥールル号の事故に際して
 日本人の献身的な救助活動を
 今もトルコ人は忘れない。

 その恩返しです。

 私も小学生のときに
 歴史の教科書で学びました。

 トルコは幼い子供たちでさえ
 エルトゥールル号の話を知っていますよ」

情けは他人のためならず・・・

「自分さえよければ」

と言う風潮の現代においては
なおさら

・自己犠牲をしてまで
・他人のためにできる人たち

の素晴らしさを感じます。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

すでに映画化までされた話ですから
あなたもご存知だったかもしれません。

僕は12年前にこの話を聞いて、

「インターネットビジネスの世界で
 哀しくも溺れている方々に対して、
 何らかの手助けをしたい」

と思うようになりました。

その思いがあったからこそ
4500名以上の方と無料面談ができたし
1800ページ以上の
『資産構築ロードマップ』も上梓しました。

そして・・・

僕が浮き沈みの激しいこの業界で
16年間生き抜く事ができたのは、

「先に与えることを続けてきたから」

だと、今でははっきりと断言できます。

「まずは与えよ」

とにかく見返りを求めずに、
何も考えずに与えてみる。

これが僕の人生訓であり
これまで実践してきたことです。

今回もこの思いを抱いて

・世界中で
・誰もやったことのないレベルの
・膨大なコンテンツを

無料公開してきました。

もし、僕のこの行動で

・あなたの未来が変われば
・あなたの幸せの一助になれたら
・あなたの大切な人の為になれたら

心からそう思っています。

今日は思いが大きくなりすぎて
長くなってしまいましたが・・・

長文を最後までお読み頂いて
本当に有難うございます。

これまで寄せられたコメントで

「魂を悪に売ったような
 酷い販売者さんや塾が多い」

という声も多数目にしました。

そういった経緯もあって、
僕のコンテンツや、あなたに対する
率直な考えを思うがまま書きなぐりました。

(読みづらいところ、わかりづらいところが
 もしかするとあったかもしれません・・・)

マスターマップの本編『第4話』は
そんな思いも込めながら撮影しています。

もし、あなたにとって何かの力、
気づきが1つでもあったのなら、
僕にとってこれ以上嬉しいことはありません。

・少しでもあなたのお役にたてたなら

その思いだけを原動力にフライトをして
老体?に鞭打って動いた甲斐があります。

さて。

今日のメールに対してでも、
動画に対してでも。

何でも結構です。

是非是非、コメント欄などで
あなたの感じたことをお聞かせいただけると
とてもとても嬉しく思います。

正解なんて1つもありませんので、
率直なお気持ちを僕に聞かせてください。

コメントは以下ページから投稿できます。

第5話 「マスターマップの全て」
http://fa.mastermap.co/7H4yL70q5

特典を入手するためにとりあえず書いた方。
もちろんそれはそれでOKです。

ただ、今日のメールをご覧になって、
また新しい気持ちが芽生えたとしたら・・・

またコメントを書いて頂けると嬉しいです。

本当に本当に長文になってしまいましたね。

最後の最後までお読み頂き、感謝いたします。

また明日、帰国する予定ですので、
次回は日本からお届け出来ると思います。

それでは。

畑岡

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